注)記事の日付は太陰暦を用いております

2009年05月05日

恵まれ

如月十一日 【立夏】 曇りのち雨


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 〜 夏立ちぬ 折に焦がれし 恵みかな 〜


 
 しばらく続いた晴天と連休に休息を入れるべく、曇天と降雨に恵まれたつくば。つくいちや来客にも恵まれ、対話と笑い顔と酒にも恵まれ、種も俺も、発芽を企む。
 
 
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【立夏】…夏の立つがゆへ也(暦便覧)
     ★雑草屋的季節分布★ 春:夏=9:1

     春ようやくあせて、山野に新緑が目立ち始め、
     風もさわやかになって、いよいよ夏の気配が感じられてくる。
     蛙が鳴き始め、みみずが這い出て、竹の子が生えてくる。
     「夏立つ」「夏来る」などとともに夏の代表的な季語になっている。
     ※読み:リッカ
     <参考:【室礼】和のこよみ & こよみのページ
posted by 学 at 23:01| Comment(2) | TrackBack(0) | 暦の調べ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月01日

種播き

如月七日 晴れ

 里芋、ショウガ、トマト、ナス、ピーマン、キュウリ、カボチャ、ズッキーニ、コーン、オクラ、枝豆、インゲン、バジル、フダンソウ、モロヘイヤ、シソ、米、ヒマワリ、ソルゴー、セスバニア。最後の方は作物ではないものも入っていたな。とにかく、5月は種播きで一日も休みたくないほど、ウキウキとヤレヤレの忙しさを迎える。それに加えて、草刈り、小屋直し、直売所準備、小遣い稼ぎ、なんでもかんでも沸いてくる。やれ晩霜だ、やれ生育不良だ、乾燥だ、セイタカだ、チガヤだ、農薬だ、原因不明だ、と、作物も一筋縄ではスックリ育たないだろう。それでも、先日目に焼き付けてきた、30年続けられた自然農の田畑を瞼の裏から引っ張り出して、安心してまた畑に足を運ぶ。

 気がつけばそこに、苗が育たんとしている。


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 ルッコラ


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 ビーツ


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 レタス


 とにかく、種を播かねば始まらんのだ。 そしてとにかく、種を播けば、始まるのだ。
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2009年04月30日

しもじも

如月五日 晴れ

 一日前の天皇誕生日の朝。霜、降臨。この時期、この地方ではなかなかに遅い頃の降霜。つくばに戻って久しぶりに対面したら、みんながしおれていた。

 そんなこんなでしばし悲鳴が飛びあっていた休日のつくし農園。霜についていろいろ考えてみました。
 ⇒つくし農園Blog参照


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霜枯れしたジャガの芽


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なんとか無事なジャガの芽



 凹みつつ、楽しみつつ、受け入れながら。レッツ自然農。YES。
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2009年04月22日

しばし

弥生廿七日 晴れ


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 三日前から暦は「穀雨」。晴れが続いては雨を待ち、そのひと雨ごとに草達がぐんと空を見上げる。この時期一番好きな風景が、この、ジャガイモの地割り。力強く、土をかき分けてようやく到達した空気をモグモグと味わっているような、濃緑色の生命力。種播きに追われて脳みそがパンクしそうになるこの頃、その毎日増え続ける発芽をみては安心させられる。


 毎日を田畑に費やすべくこの時期に、しばし姿をくらますことにした。原点と、気分転換と、休息と、再会と、見聞をごちゃ混ぜに予定して、ちょっくら旅にでます。ごめん、お前ら。GWにはたっぷり面倒みるからよ。

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【穀雨】…春雨降りて百穀を生化すれば也(暦便覧)
     ★雑草屋的季節分布★ 冬:春=1:9

     穀雨とは、百穀を潤す春雨をいう。
     この頃は春雨のけむるがごとく降る日が多くなり、田畑を潤して
     穀物などの種子の生長を助けるので、種まきの好期をもたらす。
     雨が長引けば菜種梅雨となる。
     ※読み:コクウ
     <参考:【室礼】和のこよみ & こよみのページ
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2009年04月07日

あかん

弥生十二日 晴れ

 あかんね。軸がぶれてる。芯が定まらずに迷ってる。

 根を生やそう。根を。茎を伸ばそう。己れの速さで。

 好きなことをやらんと。踏み出さんと。


 
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 二日前のつくいちから、暦は清明へ。季節は待たない。置いていかれぬよう。



【清明】…万物発して清浄明潔なれば、此芽は何の草としれる也(暦便覧)
     ★雑草屋的季節分布★ 冬:春=3:7

     清明は「清浄明潔」を略したもの。
     「万物ここに至って皆潔斎なり」と称されるように、
     春先の清らかで生き生きした様子をいったものである。
     この頃になると、春気玲瓏にして、桜や草木の花が咲き始め、
     万物に晴朗の気があふれてくる。
     ※読み:セイメイ
     <参考:【室礼】和のこよみ & こよみのページ
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2009年03月27日

フル

弥生一日 晴れ時々雨

 前職時代の先輩後輩が来園。来園前の午前中にジャガイモ12kgを植え終えて、昼から先輩友人とワインを飲んであーでもこーでも話し、夜は後輩友人と泡盛を飲んであれやこれや無限にアンテナを広げて話す。明日は田んぼ作業だけど、かけがえの無い時間をフルに楽しんで費やす。

 俺は今どこにいて、彼は彼女はどこにいて、フルに生きる。

 感謝して、寝床に着く。



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 庭に咲き乱れるムラサキハナナ。嬉しやこの光景。

posted by 学 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 友と共に | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月25日

子豚のテント

如月二十九日 雨

 つくばはこのところ寒の戻り。冷たい曇り空と、吹き荒ぶ筑波颪に体が縮む。今日は雨、午前はなんとか焚き火もしながら堪えたが、本降りを迎えてあえなく部屋へと戻った。雨宿りの場所が、今日はなかったからだ。

 昨日の出来事、自転車で畑に向かう途中で、遠景に農園の目印にもなっている白テントがはっきりと歪んでいるのが目に飛び込んできた。嫌な予感。コタツをつけたままにして三泊四日の旅に出てきてしまった時に感じるようなあのどうしようもなさを、数倍ほどにした寂寥感。ああ、こういうことって起きるのだね。

 畑に着くと、昨年の真夏の時期に農園のプレーヤーの力をあわせて立てたテントは、背骨部分に当たる金属パイプがグニャリと曲がって一部の足場も引き抜かれて無残に崩壊していた。分析しても後の祭りなのだが、後学の為に考察してみる。テントは白いビニルシートが固定されていて、通常の暴風では考えられないような金属パイプのゆがみが特徴的である。おそらく、昨年の冬の畑で何度か目にしたつむじ風が、テント内部に入り込んで下から持ち上げ(もしくは横に殴りつけ)ながら通り抜けていったのだろう。基礎などのない半固定のテントであるが故に風が抜けるようにガランドウの構造にしていたのがアダとなった。テントに重しとして立て掛けていた廃材の木戸類も跳ねるように散在し、割れたガラスが散らかっていた。来園して作業していたプレーヤーのmさんにお手伝いいただいて、ビニルシートを外してパイプも解体し、ガラスも拾って木戸も移動して、荷物をまとめなおすことができた。綺麗な跡地には、少々の心地良さすら覚えるのだった。

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在りし日の雄姿

↓ ↓ ↓

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諸行無常



 色々考えることはあるが、次、ではある。梅雨までにはゆっくりと再建したいと思い、少しずつまた考えながら立ていこう。何もない畑地に、テントを組み、物置小屋を設置した昨年。そこに訪れたつむじ風。一瞬でひしゃげた金属物。そしてまた再建の思考。何故かわからないが、喪失感と同時に発生した、安堵感。何もないところに組み立てて、それが自然の力で壊れて、また組み立てようとする不思議な開放感。物は壊れて、そしてまた産まれるという再生のテーゼなのか。はたまた、あるはずのモノが簡単になくなった時に抱かされる無常のテーゼなのか。
 「うわあ、壊れたかあ!」という気持ちで残念がる暇などなく、「いやでもしょうがないか」という諦観が訪れる。その諦観は、出来上がったものを用意されるアメニティに浸るのではなく、無いことを前提に進んで必要なものを少しずつ作っていく好奇心とセットとなり、世の中をなんでも楽しめるスパイスにすらなり得る。それで行くしかないし、それでいいのだと思う。もちろん、「絶望」などという言葉とは程遠いこの「平和」な日本で生活する限りにおいての、お気楽な感性ではあるのだが。自然農の農園を、この日本で、何かしら意味があると思って続けていく、そのためにこのお気楽さを携えていこう。風で飛ばされるような、3匹の子豚のテントを何度も立てながら。


 いや、どうせなら今度は壊れないように。
  
posted by 学 at 21:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 本質を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月21日

テキトウDay

如月二十五日 晴れ

 結構テキトウに生きている毎日です。今日は何だか半断食の判断時期のような気がしてとりあえずテキトウに八朔を食ったりジャワティーを飲んだりしながら畑作業もモリモリやった。前の晩にあまり寝つきが良くなくてそれは多分色々なことが体に起こっているサインであるのはわかっていて、そんなこんなでまるで徹夜をした時のような茫漠とした体とマインドの遊離を憶えながらの一日だった。食欲はほとんど無いながらも疲労というか混沌というかそんな体の訴えに従って、風呂に入って飯を食うという至福コースを思い描きながら夕日の家路に着いた。

 先日精米したての、『コシヒカリ1:イセヒカリ1:旭竜1:川口さん米1:香り米1:神丹穂2』という神業ブレンド(という評価をいただいた)を土鍋で炊いて、菜の花の素茹でと、ゴボウとネギの味噌汁。


 
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 ホカホカの湯上りでの夕飯。米の甘旨さと味噌汁のゴボウの風味と菜の花の味付け無しの滋味がなんか凄いことになってます。うますぎます。とはいえたくさん食べたい欲求はわくことなく、腹5分目ほどで満腹というか満足というかなんか体がOKサインをだしてきた。することもなく、飯は食えど頭と体のズレはもう少し続きそうで、布団を敷いて寝ることにした20時。なんだこの早い就眠は。

 2時間後、眠りが体の中に入ってきてくれず、とはいえ本を読むわけでもなく、さりとて散歩するのも億劫で、なにやらテキトウにこの違和感を書き連ねることにした。梅干をほぐした白湯(さゆ)をキーボードの前に置いて、眠りが訪れてくれるのを待ちつつ。なんかテキトウだなあ俺。明日は春の嵐だと?ブルーベリーの苗木を取りに行くんだけどなあ。ええと、少し、果樹もトライです。なんでも、やってみる。「やりたいことは、やれ」「コントロールできないことはしない」と、いつだか殴り書きしたA4用紙が机の奥の壁からこちらをにらんでいる。22時なのに、まるで深夜のような深みのある夜の感覚。

 たぶんこれ後で読みたくないなあ。まあよし、今日はテキトウ。

 まだ眠くはならないのだが、この辺で。みんな、酒飲んで喋りましょうよ。



 追伸:今日こんなテキトウな1日をすっかり付き合っていただいてSちゃんありがとうさま。イエイ。
posted by 学 at 23:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 徒然なる日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月20日

転換

如月二十四日 【春分】 雨のち晴れ時々曇り

 春分の朝、雨が通り抜けて、畑に出る。

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 節目、というより転換の頃。今日を境に昼の長さが夜よりも長くなる。いよいよ冬の気は縮みゆき、春の陽気が膨らみゆく。耳を澄ませば鳥の鳴き声は変わり、眼下を見れば枯れ色の土が日ごとに草に覆われてゆく。自分の体もその変化に触発されてかなんだかソワソワ、そしてフラフラ。


 自然農の畑にはリセットがない。耕運機をかけないため、育てた野菜たちが畑のあちこちに名残を残しながら次の作付を迎える。残された白菜や大根、無数の菜物野菜がこの暖気を感じて一斉に菜の花を咲かせ始める。隣の畝の菜の花を尻で撫でながら、ジャガイモの植え付けを急ぐのが、彼岸の畑の過ごし方の定番となる。もう、何回目かね、この定番も。

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定番の黄色は白菜の"菜の花"       白さに力のある大根の"菜の花"



 リセットのない自然農は、季節も作物も土も雑草も虫も全てがスライドして、生きながら移り変わる。自然の命は、植物も動物もそうして移り変わりながら命を継続しているのだと思う。それは、全体としての畑でもそうであり、であるなら自然環境もそうなのであり、その漠然とした確信が、自然農には備わっている。
 人間も然り。体内の環境としての健康も、精神の状態である心も、方向性としてリセットではなくスライドしながらの良好状態へ整えていきたいもの。さて我が身は、この冬に悪食(つまりはジャンクフードですな)を過食してか、数日前に心身が重苦しい状態に入った。病気ではなく、感覚的な重さとダルさでして。自分で十分認識しているこの冬の悪習慣から限りなくリセットに近くスライドしたいと思い、半断食に突入してみた。ゆっくり移り変わろう、と言っておきながら自分のこととなるとこれだからね、人間というやつは。

 春分の畑で季節の大きなうねりを楽しみながら、矛盾しつつ自分の小規模な体調変化を楽しむ。節目、というよりも転換を楽しむのだ。意地でも。

 今日した作業はジャガイモの植え付けとビーツの播種、そして畝作り。うーむ、腹減りすぎてなんだか、ナチュラルハイ。明日も畑作業だ、わーい・・・。



【春分】…日天の中を行て昼夜等分の時也(暦便覧)
     ★雑草屋的季節分布★ 冬:春=4.9:5.1

     この日、太陽は真東から昇って真西に沈み、昼と夜の時間がほぼ等しくなる
     (しかし実際には、光の屈折現象のため、昼のほうがやや長い)。
     この日以降は昼がだんだん長くなり、反対に夜が短くなる。
     なお、春分点は、天球上で黄道と赤道が交わる二つの交点の内、太陽が
     赤道の南から北へ向かって横切る点のことで、赤経・黄経の原点となる。
     歳差により、毎年わずかずつ西に移動し、現在はうお座にある。
     ※読み:シュンブン
     <参考:【室礼】和のこよみ & こよみのページ
posted by 学 at 19:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 徒然なる日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月18日

溺れよう

如月二十二日 晴れ

 休む間もなくドデカイ春の波がつくばを包みこむ。思った以上に大きな波に少々揺さぶられて、春作業が追いつかずに溺れそうになる。呑みこまれて目が回りそうになり、ぶはあと筑波山に逃走した。


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 霞む霞む、息吹で筑波の野が霞む。春霞の下に沈んだ田畑には、迷いようもない命の誕生が訪れている。耕さない、除草剤も使わない、農薬も使わない自然農の野には、冬を越したそのままの命が、眠りからさめて今膨らまんとしている。その渦に、その大演奏に、再び降りて種播きに溺れよう。


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 種を播いて、芽を出して。この喜びの拡大再生産のシーズンがまた始まる。
posted by 学 at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 徒然なる日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする