注)記事の日付は太陰暦を用いております

2009年06月14日

ガラス越しに

皐月二十二日 晴れのち雨
 
 日曜の昼に畑作業に出て、しばらくして、南西の空から暗黒雲がのしかかってきた。ポツリポツリから、農具を片付けている間にバザアッと雨が降り落ちてきた。車のフロントガラス越しに、あっというまに東北に過ぎ行こうとする暗黒雲を眺めていた。


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 しとしとの雨と、ざあざあの雨と、乾ききった晴れ。これが繰り返されるのだから、植物が育たぬわけがない。その営みの輪の中に人がそっと混ざりこむことが、自然農なのだと思う。無理も無駄も過剰もなく、食べるものを自然の輪の中で育てる。放っておいても自然は植物を育む。その自然を少しだけ人間側に引き寄せて、食べるものを育てる。


 まずは日本のこの気候に恵みを感じて、その上で「明日の我が身」を講じればよい。んだんだ。草のようにたくましく。野菜のように繊細に。たとえまだ、思うように野菜が育ってくれていなくとも。
  

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2009年06月08日

金土日月

皐月十六日 雨のち曇り

 ここ数日。金曜は曇天と雨。この日から節気は芒種へ。土曜は曇り時々晴れ時々雨。この日はつくし農園の集合日。日曜は晴れ。この日はつくいち。月曜の今日は雨のち曇り。


 芒種に入った金曜は、雨天に邪魔されつつ土日の準備でばたばたと過ごす。暦を見て、畑を見て、ああ、雑穀そろそろ播かんとヤバイと焦りながらも手足は別の作業。野菜を使ってくれるつくいちメンバーへグリーンピースと空豆をお届けする合間に、仕事を抜け出して来たy*m*さんが(自主規制)ジャガイモの収穫を進める。相談もしていない分担作業が、いつの間にかの積み重ねでたまたま流れていく妙味に、どこか豊かさを感じながら。

 翌日。つくし農園では、サツマイモを植えたり苗代の稲に一喜一憂したり、ヒエをみんなで播いてみたり。集合日に来れた方も来られなかった方も、畑と自身はかならずつながっていて、草も虫も育つ自然農のダイナミズムが実感としてじわじわと増す頃。それは孤独でもあり、同時に友好的でもある。自己と他己と、そのステージであり共演者でもある田畑とのそれぞれの一巡りが、いよいよ賑わいをみせる季節になってきた。

 曇りと雨とひんやりの合間に、大晴天の夏日がつくいちを包む。畑作業には歓迎の曇り空から一転して、青空市にはもってこいの晴れ空。前夜の宴会にも負けずに、日の出に畑に出て、あくびを朝露に吹きかけて草の中にしゃがみこむ。玉葱もニンニクもジャガイモも程よく育ってくれて、空豆はなんとか採れ時が続いてくれて、葉物と夏野菜は対照的に育ってくれてなくて、それでも自然農の野菜を少しずつ味わってもらえることが確かにありがたく、同時に嬉しい。なんだかつくいちのお客さん以外の訪問者も多くて、いつもより会話が多くての疲労度5倍感は、はたして良いやら悪いやら。

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出店前のつくいちの光景。りラックスのじねん堂ファミリーがナイス。



 『つくいち晴れ』、そろそろそんな新語が産まれそうな良候だったのが嘘のような翌日の今日。見事な曇天へ逆戻り。午前は休息して昼にナチュカフェにお邪魔し,自然農の豆とナチュカフェの合作を食す。空豆やグリンピースが、友人のお店でまたもや綺麗に嫁入りを果たしていた。ニヤリ。腹ごしらえの後に畑に向かい、サツマイモを100株定植。夕方まで。

 
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 そして、また翌日へ。
  


【芒種】…芒(のぎ)ある穀類、稼種する時也(暦便覧)
     ★雑草屋的季節分布★ 春:夏=6:4

     芒種は梅雨入りの前で、昔の田植えの開始期にあたる。
     雨が間断なく降り続き、農家は田植えの準備などに多忙を極める。
     芒種とは、稲や麦など芒(のぎ)のある穀物、すなわち稲を植え付ける
     季節を意味している。雑穀の播種もこの頃。
     かまきりや蛍が現れ始め、梅の実が黄ばみはじめる頃でもある
     ※読み:ボウシュ
     <参考:【室礼】和のこよみ & こよみのページ
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2009年06月04日

I'm down

皐月十二日 曇り

 サイクル。どうしようもなく、やる気がおきない。畑の豆が鳥に食われてるのを見ては落ちこみ、田んぼの苗が一向に芳しくならないのを見ては落ちこみ、いざ甘藷の苗を植えようとしても気は立たず、いよいよ出陣を迎えつことになった蚊取線香の煙にうんざりとし、どうにもこうにもの停滞。この停滞に、さらに蚊のストレスと、周囲のあちこちに漂う除草剤のケミカル臭がさらに追い討ちをかける。

 I'm dowwwwwwwn!!!


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 畑も田んぼもぜんぶうっちゃってどっかに消えてしまいたい。でも消えられず。

 波。直線的に改善方向に向かうのではなく、畑も体も心も、行ったり来たり。その中での自分の位置を捕まえようとするここ数日。自然農でBlog書いて、順調に行っているようなのは、それはそれで嘘。どっかに飛んで行きたい自分も本当。サラリーを捨てて自分の足で歩くことを選んで、年に何度か感じる不安感。不安と希望の中で歩くだけの現実。

 6月4日。20年前のかの国では、「テンアンモン」という事件が起こり、今でさえ、記事の内容によっては検閲で自分の意思決定によらず消去されることがある。翻って我が国。どこまでも、一応が許されていて、その前提に立つ、自身の酩酊。厳しすぎず、甘えすぎず、風をつかまえて、浮遊した今の自分の着地点を焦らずに探そう。不完全人の一日が、また過ぎ行く。

 Anyway, how are you guys doing?

 
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 I am on the way.

 今日畑でお会いした友人に、ざっくりと愚痴を聞いてもらい、停滞感をちょいとばかし共有し、ちょいとばかしホッとした。ありがとうございやす。
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2009年05月30日

螺旋

皐月七日 曇り時々雨

 このところ五月雨が続く。雨足に首が縮んで亀のように家に引きこもり、思案ばかりで足踏み。豆、芋、穀類の播種が停滞、サツマイモの苗も停滞、景観部の草刈りも延期。無言の時間だけがとろーんと伸びる伸びるこの数日。ようやくいい加減のトンネル出口を今日やっとつかんで、一日中、刈り払い機で草を刈る。ひたすら、9時間ウイーーーーーーーーン。

疲れたのだ。まる。



 気分を取り戻して先週末の記憶から。臨時集合日を設けて、つくし農園のプレーヤー有志とともに、日よけテントを建ててみた。正しくは、組み立ててみた。竹を組んで、シートを掛けてみた。

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 これよくない? アイデア・デザイン、一瞬。下準備・計測、1時間。竹組み、30分。シート掛け、30分。材料費、いただきもののプライスレス。なんでも立派に建てりゃあいいってもんでもないしね。つくし農園は、柳のごとく育っていくのだ。


 仕事して、停滞して、復活して、仕事して、そのうち集合日が来て、つくいちも来て、そのうち野菜も育って、やりたいこと、したいことに近づいていく。毎日が巡るうちに、螺旋状に進んでいく。まあそんなにうまくはいかないんだが。
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2009年05月01日

種播き

如月七日 晴れ

 里芋、ショウガ、トマト、ナス、ピーマン、キュウリ、カボチャ、ズッキーニ、コーン、オクラ、枝豆、インゲン、バジル、フダンソウ、モロヘイヤ、シソ、米、ヒマワリ、ソルゴー、セスバニア。最後の方は作物ではないものも入っていたな。とにかく、5月は種播きで一日も休みたくないほど、ウキウキとヤレヤレの忙しさを迎える。それに加えて、草刈り、小屋直し、直売所準備、小遣い稼ぎ、なんでもかんでも沸いてくる。やれ晩霜だ、やれ生育不良だ、乾燥だ、セイタカだ、チガヤだ、農薬だ、原因不明だ、と、作物も一筋縄ではスックリ育たないだろう。それでも、先日目に焼き付けてきた、30年続けられた自然農の田畑を瞼の裏から引っ張り出して、安心してまた畑に足を運ぶ。

 気がつけばそこに、苗が育たんとしている。


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 ルッコラ


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 ビーツ


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 レタス


 とにかく、種を播かねば始まらんのだ。 そしてとにかく、種を播けば、始まるのだ。
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2009年04月07日

あかん

弥生十二日 晴れ

 あかんね。軸がぶれてる。芯が定まらずに迷ってる。

 根を生やそう。根を。茎を伸ばそう。己れの速さで。

 好きなことをやらんと。踏み出さんと。


 
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 二日前のつくいちから、暦は清明へ。季節は待たない。置いていかれぬよう。



【清明】…万物発して清浄明潔なれば、此芽は何の草としれる也(暦便覧)
     ★雑草屋的季節分布★ 冬:春=3:7

     清明は「清浄明潔」を略したもの。
     「万物ここに至って皆潔斎なり」と称されるように、
     春先の清らかで生き生きした様子をいったものである。
     この頃になると、春気玲瓏にして、桜や草木の花が咲き始め、
     万物に晴朗の気があふれてくる。
     ※読み:セイメイ
     <参考:【室礼】和のこよみ & こよみのページ
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2009年03月21日

テキトウDay

如月二十五日 晴れ

 結構テキトウに生きている毎日です。今日は何だか半断食の判断時期のような気がしてとりあえずテキトウに八朔を食ったりジャワティーを飲んだりしながら畑作業もモリモリやった。前の晩にあまり寝つきが良くなくてそれは多分色々なことが体に起こっているサインであるのはわかっていて、そんなこんなでまるで徹夜をした時のような茫漠とした体とマインドの遊離を憶えながらの一日だった。食欲はほとんど無いながらも疲労というか混沌というかそんな体の訴えに従って、風呂に入って飯を食うという至福コースを思い描きながら夕日の家路に着いた。

 先日精米したての、『コシヒカリ1:イセヒカリ1:旭竜1:川口さん米1:香り米1:神丹穂2』という神業ブレンド(という評価をいただいた)を土鍋で炊いて、菜の花の素茹でと、ゴボウとネギの味噌汁。


 
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 ホカホカの湯上りでの夕飯。米の甘旨さと味噌汁のゴボウの風味と菜の花の味付け無しの滋味がなんか凄いことになってます。うますぎます。とはいえたくさん食べたい欲求はわくことなく、腹5分目ほどで満腹というか満足というかなんか体がOKサインをだしてきた。することもなく、飯は食えど頭と体のズレはもう少し続きそうで、布団を敷いて寝ることにした20時。なんだこの早い就眠は。

 2時間後、眠りが体の中に入ってきてくれず、とはいえ本を読むわけでもなく、さりとて散歩するのも億劫で、なにやらテキトウにこの違和感を書き連ねることにした。梅干をほぐした白湯(さゆ)をキーボードの前に置いて、眠りが訪れてくれるのを待ちつつ。なんかテキトウだなあ俺。明日は春の嵐だと?ブルーベリーの苗木を取りに行くんだけどなあ。ええと、少し、果樹もトライです。なんでも、やってみる。「やりたいことは、やれ」「コントロールできないことはしない」と、いつだか殴り書きしたA4用紙が机の奥の壁からこちらをにらんでいる。22時なのに、まるで深夜のような深みのある夜の感覚。

 たぶんこれ後で読みたくないなあ。まあよし、今日はテキトウ。

 まだ眠くはならないのだが、この辺で。みんな、酒飲んで喋りましょうよ。



 追伸:今日こんなテキトウな1日をすっかり付き合っていただいてSちゃんありがとうさま。イエイ。
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2009年03月20日

転換

如月二十四日 【春分】 雨のち晴れ時々曇り

 春分の朝、雨が通り抜けて、畑に出る。

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 節目、というより転換の頃。今日を境に昼の長さが夜よりも長くなる。いよいよ冬の気は縮みゆき、春の陽気が膨らみゆく。耳を澄ませば鳥の鳴き声は変わり、眼下を見れば枯れ色の土が日ごとに草に覆われてゆく。自分の体もその変化に触発されてかなんだかソワソワ、そしてフラフラ。


 自然農の畑にはリセットがない。耕運機をかけないため、育てた野菜たちが畑のあちこちに名残を残しながら次の作付を迎える。残された白菜や大根、無数の菜物野菜がこの暖気を感じて一斉に菜の花を咲かせ始める。隣の畝の菜の花を尻で撫でながら、ジャガイモの植え付けを急ぐのが、彼岸の畑の過ごし方の定番となる。もう、何回目かね、この定番も。

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定番の黄色は白菜の"菜の花"       白さに力のある大根の"菜の花"



 リセットのない自然農は、季節も作物も土も雑草も虫も全てがスライドして、生きながら移り変わる。自然の命は、植物も動物もそうして移り変わりながら命を継続しているのだと思う。それは、全体としての畑でもそうであり、であるなら自然環境もそうなのであり、その漠然とした確信が、自然農には備わっている。
 人間も然り。体内の環境としての健康も、精神の状態である心も、方向性としてリセットではなくスライドしながらの良好状態へ整えていきたいもの。さて我が身は、この冬に悪食(つまりはジャンクフードですな)を過食してか、数日前に心身が重苦しい状態に入った。病気ではなく、感覚的な重さとダルさでして。自分で十分認識しているこの冬の悪習慣から限りなくリセットに近くスライドしたいと思い、半断食に突入してみた。ゆっくり移り変わろう、と言っておきながら自分のこととなるとこれだからね、人間というやつは。

 春分の畑で季節の大きなうねりを楽しみながら、矛盾しつつ自分の小規模な体調変化を楽しむ。節目、というよりも転換を楽しむのだ。意地でも。

 今日した作業はジャガイモの植え付けとビーツの播種、そして畝作り。うーむ、腹減りすぎてなんだか、ナチュラルハイ。明日も畑作業だ、わーい・・・。



【春分】…日天の中を行て昼夜等分の時也(暦便覧)
     ★雑草屋的季節分布★ 冬:春=4.9:5.1

     この日、太陽は真東から昇って真西に沈み、昼と夜の時間がほぼ等しくなる
     (しかし実際には、光の屈折現象のため、昼のほうがやや長い)。
     この日以降は昼がだんだん長くなり、反対に夜が短くなる。
     なお、春分点は、天球上で黄道と赤道が交わる二つの交点の内、太陽が
     赤道の南から北へ向かって横切る点のことで、赤経・黄経の原点となる。
     歳差により、毎年わずかずつ西に移動し、現在はうお座にある。
     ※読み:シュンブン
     <参考:【室礼】和のこよみ & こよみのページ
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2009年03月18日

溺れよう

如月二十二日 晴れ

 休む間もなくドデカイ春の波がつくばを包みこむ。思った以上に大きな波に少々揺さぶられて、春作業が追いつかずに溺れそうになる。呑みこまれて目が回りそうになり、ぶはあと筑波山に逃走した。


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 霞む霞む、息吹で筑波の野が霞む。春霞の下に沈んだ田畑には、迷いようもない命の誕生が訪れている。耕さない、除草剤も使わない、農薬も使わない自然農の野には、冬を越したそのままの命が、眠りからさめて今膨らまんとしている。その渦に、その大演奏に、再び降りて種播きに溺れよう。


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 種を播いて、芽を出して。この喜びの拡大再生産のシーズンがまた始まる。
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2009年02月18日

始動

睦月廿四日 【雨水】 晴れ

 先週の金曜日、ついに始動しました。あれだよ、あれ。

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 庭の梅の背景にそびえる、弁柄色に包まれる杉の木。せっかくの梅も、わくわくの農作業も、のんびりの庭ビールも、全部を憂鬱に変える、あの野郎。よりによって家の裏におはしますよ。ああああああああ、てめえのせいで、田畑への腰がどれだけ重くなることか。君の花粉を勝手に敵だと誤認してしまう、いとしき我がIgE抗体の健やかな働きが憎い。さりとて、最低限で付き合って、茶や薬草でなるだけ抑えて、過ぎ去る喜びを待つしかないのだがね。


 でもさ。ああもう、なんなの、よりによって、裏庭。




成分解析 〜「コトバ」から「色」、調合します
 …ひょんなことから見つけた、コトバを「和色」に分析してくれる面白サイト。
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ちなみに杉花粉を調べたら、  ⇒⇒⇒
49%が赤銅色(しゃくどういろ)、35%が弁柄色(べんがらいろ)、13%が金色(こんじき)、3%が赤(あか)でできているとのこと。なかなか不思議なことに、当たってるのが楽しい。






【雨水】…陽気地上に発し、雪氷とけて雨水となれば也(暦便覧)
     ★雑草屋的季節分布★ 冬:春=7:3

     雨水とは、雪が雨に変わり雪解けが始まるという日で、
     忍び寄る春の気配に草木が蘇るという意味があります。
     とはいえ東日本ではまだ雪が深く、関東・東海地方にあたっては、
     この時期から雪が降り始めるそうです。
     ※読み:ウスイ
     <参考:日本文化いろは事典 & こよみのページ
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2009年01月10日

どきどき

師走十五日 晴れ時々強風

 前日の長い雨、今日は今期最後のつくし農園の集合日、明日はつくいち。月末のつくし農園ワークショップ、来月の農園来期スタート手配、畑の冬作業、籾摺り、庭仕事、あと何だ?

 準備、当日、準備、当日、次はいったい何の準備をしてるのかわからなくなってきた。これ、師走ということで、OK? 


 
 インフルエンザが身の回りでメラメラと進行中。生姜湯、100%ジュース、ヨーグルト、納豆、緑茶、湿気、マスク、総動員して振り払い中ですが、この集中がとけたら途端に罹患しそうな予感。どきどき。 
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2009年01月01日

謹賀新年

師走六日


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本年もどうぞ宜しくお願い致します。


小松学
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2008年12月29日

知る

師走三日 晴れ

 二日続いた木枯しがおさまり、えいやと脱穀作業に取りかかる。足踏み脱穀機を朝から夕方まで踏みに踏み倒して全ての稲を脱穀し終えることができた。


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 休憩中、ゴザの上に寝そべって太陽を浴びる。風のない日にあらためて感じる冬の陽射しは、何にもまして柔らかく暖かい。風の強い日があるから風のない日の暖かさを知り、雨が降らない時があるから雨の日のありがたさを知り、米が育たない年があったから稲の重みを知るのだと気づく。

 今年の畑での、作物の育たなかったことは、いつか自然農の豊かさを感動を持って知るための貯金なのだ。
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2008年12月12日

つわもの

霜月十五日 晴れ


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 明日はつくし農園の集合日。三日前の降雨からは晴天が続き、干した稲の米粒をかじるとカリリと良い音がする。さあ、脱穀だ。


 天日干しにした稲を食べるまでにする作業は、例年のように足踏み脱穀機、唐箕、籾摺り精米の力を借りて行う。それぞれに、やく一年ぶりの登場となる前の今日、物置から引きずり出して掃除とメンテナンスを行った。埃、壊れ、ゆるみ、汚れ達を、雑巾と金槌と紐と愛情で手直ししていく。もともとが自分よりも遥かに大先輩の農機具たちも多く、だいぶガタがきているモノであるのだが、一方で造りがシンプル且つ巧妙であるので、応急であるなら素人の手直しでも十分に整えられる。まずは明日。そして今年の作業まで持たせられたら、来年は大幅な修理も必要だろうか。

 大正生まれ、昭和初期生まれ、歴戦のつわもの達に、もう少し頑張ってもらいましょう。


※過去記事から、つわもの達の雄姿を少し御紹介。

 ◇足踏み脱穀機◇ (2005年12月の記事)

 ◇唐箕◇ (2006年12月の記事)


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2008年11月30日

逆らわず

霜月三日 晴れ

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 稲を刈り終え、安堵す。里山と林に囲まれていた吉瀬から移り、筑波颪(つくばおろし)を正面に受け止めるここ玉取の田畑は、初冬の枯れ進み方が幾分速いように思われる。寒さを正面に受け止めた夏の命は、ためらわず逆らわず見事に枯れ果て、残された米や豆や芋は次の命としていよいよ習熟を迎える。枯れた命はそこで潰えるのではなく屍として田畑に重なり、また残る命は食物として種として次に繋がれやがては田畑へと戻ってゆく。

 自然農の巡りは決して絶えず、絶やさず、命の連鎖の中で次の命がまた育まれていく。作物も、雑草も、虫も風も雨も陽も、想いをもその巡りの中に包んで豊かさを増していくような気がする。

 身を切る北風を受けて臆面なく翌春へ身を預ける草々のごとく、己への困難と機会を正面に受け止めたい。どんな停滞も悩みも自己嫌悪も、自然農の田畑のように全てが繋がれて巡るごとく。ためらわず、逆らわず、枯れてみる。それこそが次の命の源であるから。
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2008年11月15日

小旅行

神無月十八日 雨上がりの夜

 秋葉原を21時48分に発つつくばエクスプレスで帰ると終着駅には22時40分に到着する。事前に確認しておいた、最寄のバス停までの最終バスに間に合う時間であった。その終バスに間に合うからと、横浜での今日の催しに参加してきたその帰り道の話。

 駅の出口をでて左に折れると、バスまでまだ5分ある停留所の灯りが気のせいか薄暗くなっていた。つくばは夜が早い。駅ビルの代わりをつとめるショッピングモールは20時に店を閉じ、飲食店も22時には閉店を迎えて駅の周りはすっかりと静まってくる。そうした普段のつくば駅を知っているだけにその薄暗さに別段違和感を憶えず、バス停に立った僕を待っていたのは、最終バス22時40分の表示であった。

 背中に軽い海外旅行並みのバックパックを背負い、無いと判っていながらも隣の筑波山行きのシャトルバスの停留所も確認してみた。が、やはり、あるはずもない。歩くか?いや、歩きたくない。タクシー?う…む…、なんと言う無駄遣い。思わず尻ポケットの財布に手を当てたその時、同様に無意味なバス停の時刻表をのぞきこむ青年の姿が目に留まった。おお我が同士。お前もか。そうそう、もうバスは無いんだよ。お前も歩くんだよ。そんな連帯感が生まれ始めたその時、僕はすでにその青年に話しかけていた。「筑波大学方面でしたら、タクシー乗り合いしますか?」

 青年の合意は躊躇無く気持ちよいもので、行き先方向を確認して二人で踵を返してタクシー乗り場へ向かうことへ。その途中、またも無意味に停留所に立ち尽くす女性が一人。「せっかくですから。」と青年に確認する間もなく、声はすでにもう一人の同士に届いていたのだった。
 
 そして、それだけの話。途中で順番に帰路に降ろし、割り勘を払い、それぞれの家へ。ただ、それだけの話。

 なんだかそのそれだけの、乗り合いタクシーと背中のバックパックが懐かしくて、少し嬉しかった。最後の乗客となり、家まで残り500mほど手前の交差点で、「ここでいいです。」とタクシーを降り、街灯の無い田んぼ道を歩いて帰ることにしてみた。雨上がりの農道を歩いたその数百円のオマケで缶ビールを買って帰り、なんともうまい一缶に辿り着くことができたのだった。


 乗り合いタクシーとバックパックと缶ビール。日本でもできる小旅行。終バスを逃したちょっとした出費と引き換えに手にした、とても緩やかな楽しさ。人間は、どこまでも楽しいのだ。
 
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2008年11月14日

なにぶん

神無月十七日 晴れ

 副業のため、つくばを少し離れている。

 農園の集合日を終えてから、様子をBlogに載せる暇もなく、駆け足でバタバタと生き急ぐ数日間をすごす。その間、つくし農園のプレーヤーが稲刈りに来られて、携帯電話で話しながら稲刈りについて少しお伝えしたり、つくいちで雑草屋本舗の野菜を買っていただいた方から、自然農野菜の感想や農園を見てみたいとのメールをいただいたり。

 なにぶん道の半ばにて、いろいろな方に不便をおかけしながらの自然農生活。「もう霜は降りたか」「来期の田畑はどうしようか」「サツマイモもどんどん収穫か」と、遠く空を見上げる。


 "我"がまま。"我"がままに畑に向き合うとはどのようなことなのか。自然農で育つ作物に、自身も育てられながら、なるようになるべく。


 さて、戻りは日曜。田んぼが恋しい。



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2008年11月07日

深まり

神無月十日 【立冬】 雨のち晴れ 


 柿干して 西に連なる 夕日かな
 
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 明け方から午前にかけて冷たい雨が通り過ぎた。集合日の前日に予定していた副業が休みになり、二日前に剥いた柿を軒先に干すことにした。立冬とは、秋の極まる頃。冬立ってようやく、秋が深まる。さて、初めての干し柿はうまくいってくれるか。




【立冬】…冬の気立ち初めていよいよ冷ゆれば也(暦便覧)
     ★雑草屋的季節分布★ 秋:冬=9.9:0.1

     これから冬に入る初めの節で、この頃は陽の光もいちだんと弱く、
     日足も目立って短くなり、北国からは山の初冠雪の便りも届くなど、
     冬の気配がうかがえるようになる。
     冬の季節風第一号が吹き始めるのもこの頃である。
     時雨の季節でもあり、山茶花が可憐に咲き始める。
     ※読み:リットウ
     <参考:【室礼】和のこよみ>  
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2008年09月23日

投資

葉月二十四日 【秋分】 晴れ

 前夜の二日酔いを、秋晴れに洗い流されるような陽気の一日。

 このところのBlogを読み返してみたり、パソコンに撮り溜めした写真を見返してみると、とにかく畑の写真、野菜の写真がない。育ってないから撮りたいと思えないのだろうし、撮りたいと思っていても、被写体がない。とはいえ、秋播きのシーズンは毎日毎日着実に明日から昨日に移り、それに追いつき追いつきしながら、枯れ行くとはわかっている雑草の中で消えそうになる作物たちを救済しようと草を刈る。

 肥料をやらないから、育たない。
 雑草をとらないから、育たない。
 農薬をやらないから、育たない。

 VS

 肥料をやらなくても、育つ土に変わるんだ。
 雑草をとらなくても、程よく手を添えればいいんだ。
 農薬をやらなくても、草とも虫とも仲良く育つんだ。
 

 
 せめぎあい、むしろ悩みと迷いが増え、でもやはり、後者を選びまた畑にしゃがんで作業に戻る。自然農に惹かれて毎日を過ごす小生に会いに遊びに来てくれる人がいたり、小生を通じて自然農に興味を憶えたという人がいたりして、そんな何かを体の髄に貯金しているような気分にもなる。 冬の畑はどうなるのか。来年の畑はどうなるのか。グッドイメージを思い描いてニヤリとしてみる背中には常に、全然育たぬ悪寒もしかたなく忍ばせている。どうなるかわからないけど、自然農で作物が育つ畑が出来上がる、その過程も停滞も前進もそれがやっぱり楽しくてしょうがないからやっているのだ。イメージしよう。そして手を動かそう。ニヤリを投資してこそ、豊かな田畑が近づいてくる。ムスリはなるべく田畑にはぶつけないで、せめてハテナに留めておいて、ニヤリを田畑に落としていこう。

 
 たとえ今の喫緊の状況によって十分な時間を畑作業に費やせないことがあったとしても、それを心の中では情けないとは思ってみても、そんな小生のライフサイクルの澱みごとき、自然にとってはそれこそ一つのサイクルに過ぎない。少し放っておいたとしたら野菜は雑草に埋もれて育ってくれないかもしれないが、でも全体の命の量は決して減るわけではなく、結局は豊かに蓄積していくだけなのだから。

 自然とは、自ずから然らしむるさまでもある。おのずから、しからしむる。今の、自分の、自ずから然らしむることに沿って。
 

 080923shuubun.jpg
 
 見上げれば必ず空があり、足元には必ず土と草がある。




【秋分】…陰陽の中分となれば也(暦便覧)
     この日は秋の彼岸の中日。
     先祖を敬い、亡くなった人の御霊を偲ぶ日として親しまれている。
     また、この日は春分と同じく、昼と夜の長さがほぼ等しい。しかし、
     秋分の日と春分の日の気温を比較してみると、平均気温で秋分の方が
     10度以上も高くなっている。夏の暑さの名残があるからである。
     雷が鳴らなくなり、虫は地中に隠れ、水が涸れ始める。
     ※読み:シュウブン 
     <参考:【室礼】和のこよみ
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2008年09月18日

葉月十九日 曇り時々雨

 先日の十五夜、とてもとても、大事な夜を過ごした。


 その満月とはかけ離れた、何も動いてないようで、何かに突き動かされているようでもいる、この頃。衝動のような、必然のような、安心のような、不安のような。内的なプライベートには、満ちるような、グラスに溢れるような泰然が湧き上がりながら、パブリックの目前は、頭と体が分離しそうな押し寄せる怒涛の渦に飲まれつつある。

 とにかく、Blogが書けない。仕事として、書かなくてはいけない記事も書けない。日記も書けない。メールも、必至で書いている。ぐわんぐわんと思考と指と眼球の奥が喧嘩をして、殴り書きをしてとにかく前に進んでいる。それでもBlogは進まない。

 自分と、自然農と、生活と、将来が、分離しそうになり、気がついてまた体に入りだす。草刈りと、種播きと、構想と、妄想と、相談と、企みと、献身と、怠惰と、なんでこんなに交通渋滞しているのかわからない。


 これから一ヶ月、「自然農」と徹底的に、思考を中心に向き合うことに決めた。草を刈り、種を播き、あとはひたすら問い重ねてみる。



 草の中はコウロギの大合唱。田んぼでは稲穂が見事に咲き始めた。稲穂は実るものだが、自然農の、古代米は、見事に、咲くのだ。その命の美しさに負けず、有無を言わずに歩け。満月を携えて。
posted by 学 at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 徒然なる日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする