いつのまにやら、稲刈りが始まり、葉もの野菜の播き時は過ぎ、エンドウは発芽し、雑草は枯れ色を深める。気がつくと、暦は霜降をとうに過ぎていた。思い出すようにフィルムを整理してはじめて、日々の経過をまた噛み締めることになる。ある意味記録でもあり、ある意味表現でもあるこのBlogが日記の体をなしていないことは小生の怠惰が故なのだが、思いついた今日にまかせてここんところの営みを振り返る。

今年の稲は、登熟が緩やかな気がする。わっと稲穂が膨らんでから一ヶ月。空気がそれほど冷え込むことなく、稲はまだまだ葉を黄ばめず、遅めの台風にも倒れず、凛として刈り時を待っていた。そんな稲が、ようやく、この数日で黄色みを増してきた。それに重なるように、もしくは収穫時を促すように、スズメが香り米に襲来する。食われるくらいなら刈ってしまえとばかりに、農園の臨時集合日にあわせて第一弾の稲刈りをスタートさせた。稲架の具合も良し。刈り方も、結い方も、干し方も、感をゆるりと取り戻しながらも錆ついてはいないはずの手ごたえなのは嬉しい。
播種は、10月を終えようとして、いよいよ来春を見据えた作付に移りだした。空豆は頃合い良し。エンドウはいよいよこれから。麦も良し。葉物は、今まで上手く育てられたことがないホウレンソウを残して、あらかたの菜花類は播き終えた。毎年のように、いつものように、鍬を握り鎌を振り種を降ろす播種作業でも、年、季節、土、草、千変万化の自然農の畑では一つとして同じ作業はない。それに加えて、あれやこれやの試行錯誤が入り混じり、楽しさと沈思黙考のブレンドでひと畝ひと畝が進んでゆく。自然農で自家採種していた大根の最後の播種は、インターネットで収集したひと工夫を投じてみることにした。同じように種を降ろして土をかけた後、草をかける前に籾殻を被せてみる。発芽後に虫に食べられやすい大根や菜ものの芽が、籾殻を振り撒くことで食害から守られることがあるそうなのだ。ちょうど家の倉庫に残っていた籾殻をやおら畑に連れ出して、面白いと思ったことをそのまま試してみるのもまた、百姓仕事の喜びでもある。

雑草どもといえば、セイタカ、アメリカセンダングサ、クズ、ススキ、などなどなど、命の爆弾である無数の種を撒き散らす時期が、いよいよ近づいてまいりましたな。いざ刈れ、いざ倒せ。地下の根っこはやがて土中に還りますよう、地上の育ちきった極太の茎はやがて地上で朽ちますよう、種はなるべく付けませぬよう、明日の野菜が育ちやすくなりますよう、自然農の心意気を全うしながら、選別して、贔屓して、秋の草刈りは進んでゆく。
五日前から節句は霜降へ。10日も過ぎれば、いよいよ立冬へ。
【霜降】…つゆが陰気に結ばれて、霜となりて降るゆへ也(暦便覧)
★雑草屋的季節分布★ 夏:秋=1:9
秋も末で、霜が降りる頃という意味から霜降という。
この頃になると、秋のもの寂しい風趣がかもされてきて、
早朝など所によっては霜を見るようになり、冬の到来が感じられてくる。
小雨がときどき降り、 楓や蔦が紅葉し始める。「しもふり」とも読む。
※読み:ソウコウ
<参考:【室礼】和のこよみ & こよみのページ>


いつも季節がきちんと色づいて感じられます。
写真も、秋の日差しだね。
土と、太陽の光の香りがしそうです。
そろそろ、木枯しの香りがしてきそうです。
つい数日前のこの陽射しが懐かしい(笑)!