2日過ぎた今も、振り返る手がかりも、表現する言葉も、的確なものが見つからない。10月26日に友人が主宰するDan's tableにて行った初めてのワークショップ。6年近く自分なりに続けてきた自然農を、農園とは違った場所で、農作業とは違った時間で、いったいどんな一日を届けられたのか。
心に湧き出た言葉を口に紡ぎ、ゆっくりとその言葉に耳を傾ける。「自然農」に、実際に触れ、見て、聞いて、話して、自分の中の「何か」に少しずつ響いていく。そんな一日を思い描いて。
曇天の朝、霧雨の午前、自然農野菜のランチ、薄明るさが戻った午後、そしてつるべ落としの夕暮れ。具体的な言葉として、何かが残った日ではないかもしれない。それでも、ワークショップの終わりの皆さんの表情が穏やかで、もしくは何かが内包されたような高揚感も見え隠れして、誰かしらのどこか隣に、自然農がちょっとだけ根付いてくれたような気持ちになれた。今は、それだけでいいのかもしれない、いやそれ以外には、できることなどないのかもしれない。
参加者それぞれに灯った、その日一日の時間、空間、言葉。「終わった今、みなさんそれぞれが感じ得たことが真実です」というDanさんの言葉こそが、シンプルで、当たり前の本質なのだということ。 この後の暮らしの中で、ワークショップの一日がどんな意味を持つのかは、まるごとすべて、皆それぞれにお任せするしかないのだということ。
自ずから然らしむる。自然に任せて。己の内にある、心の起こりに耳を傾けるごとく。

神送りの今日の西の空。明日からの神無月を想う。百姓は己の田畑に戻り、また雑草たちと向き合うのみ。
〜Big thanks to Dan & saya〜


カリフォルニア・ワインの勉強をしていて
行きついた先がシュタイナーの“自然農法”でした。
そしていつの間にか、このブログに到着した不思議。
見知らぬ学さんのことを応援する気持ちは、
ひょっとしたら自分へのエールなのかも。
いつかワークショップにも参加できることを夢みて。
カリフォルニアの“あやしいものじゃありません”より。
カリフォルニアからありがとうございます。シュタイナーは
自然農に関わっていると少なからず触れる機会がありますね。
アメリカに限らず世界のあちこちで、自然農に近しい価値観が
静かに根づいていっているのかも知れませんね。
いつか、ワークショップでお会いしましょう。
つくばの“あやしいもの”より