注)記事の日付は太陰暦を用いております

2010年07月21日

水無月十日 晴れ 

 いつのまにか暦は小暑を過ぎて水無月に入り、間もなく梅雨が明けた。明後日には大暑を迎えるが、なるほど、この暑さである。いくつかのWEB環境の調整でHPが止まっていたが、それにも増して慌ただしく汗ばかりかいて過ごしていた。

 田植え、草刈り、雨、田植え、草刈り、雨、ジャガイモ、草刈り、田植え、つくいち、雨、集合日、田植え、草刈り・・・・いつのまにか、夏。田植えは7月頭の半夏生には植え終わるのが心得なのに、やはり今年も、ずれにずれて海の日を越えての完了となってしまった。それでも、やらないよりはましではあります。

 手元足元の草いきれとの奮闘と熱射でよれよれと空を見上げると、朝昼晩と常に雲と太陽は融通に変化している。梅雨どきの早朝の、朝霧に明ける東の空。昼の作業に音をあげて見上げる、水色と白とそれを映す水田。作業に暮れて腰を伸ばすと、立ち昇る西の雲を照らす夕日。


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 自分をどこまでも小さくする大自然の天空と、自分のどこまでものエゴイズムを映し出す小自然の田畑との間に、己れはある。「あちーし きちーし 酒のみちー」と、学生時代につぶやいた自分の本質は、いつまでも変わらぬものでもあるのだ。手応えを感じる今年の水田、試行錯誤と比例せずに手数がのびない畑作業。少しでも前へ、少しでも太く、少しでも深く、手元足元の動いた分しか、それは育ちはしないのだ。


 あーーー、レッツビアガーデン。
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2010年06月16日

せっく

皐月五日【端午の節句】 晴れ時々雨

 ぐっと蒸し暑さが漂い始めた。梅雨入りの声も聞こえ、晴れ日には真夏の暑さが降りそそぐ。ふと暦を見れば、五月五日の端午の節句を迎えていた。菖蒲の花はないものの、季節はいよいよ、田植え頃。鎌倉時代の頃から、「菖蒲」と「尚武」の語呂合わせで勇ましい男子の成長を祝う節句として根付いてきたものの、もともとは「早乙女」を祭る女性の為の節句であったともいわれている。田植えがはじまる前、穢れを祓うために「忌みごもり」を行い、菖蒲で身を清めてから田植えに向かうための、女性の節句だったという。

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 つくいちでも、ご近所でも、会う人会う人に、田植えを迎えたと話すたびに驚かれる。そのたびに、昔からの本来の季節感にあわせて当然の季節に田植えをはじめているだけだと伝える。早苗の月としての皐月、早乙女の端午の節句、そのまま、今のままで、何も問題ないのです。

 夏至が近づき、朝は4時過ぎに明け、夕は7時過ぎに暮れる。サツマイモの苗はまだ100株残し、大豆、トウモロコシ、もちろん田植えもこれから盛りへ。朝から晩までフル作業で田畑に出て、帰ってから浴びる冷水シャワーが、最高の喜びになってきた。

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 ワールドカップ? 嬉しい悲鳴あげてます。眠い。
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2010年05月29日

旺盛なり

卯月十六日 曇り時々晴れ

 このところの少々どんよりとした空に少しだけ甘えて畑を離れてしまうと、草達の勢いの強さに圧倒させられることが多い。野菜達の成長もそれなりでもあるのだが、やはり雑草の旺盛さにはどうにもこうにもまだまだ負けている。それはこの手でいかようにも調整できるような気もし、その手加減をどの程度まですればよいのかを、やはり行きつ戻りつしながら見守る毎日。


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 ジャガイモが、ようやく本調子に向かって背丈を伸ばし始めた。覆い被さらんとするセイタカアワダチソウや、刈っても刈っても下から生えてくるチガヤを、イモに気持ちよく育ってもらえるように鎌を入れてスペースを作ってやる。ぐっと視界が開けて、かつ孤独になり過ぎないように、ジャガイモの株を畑に存在させる。少しずつ、大胆に、ぐぐっと育ってくれますように。俺も気をかけてるからな、と、足りないなりにその思いが届くように。


 隣の畑では、空豆、イチゴが採れどきを迎えている。作業の合間の収穫が、たまらなく美味しい。ご注文は雑草屋本舗にて。お気軽にどうぞ。
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2010年05月17日

にょき

卯月四日 晴れ(夏日)

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 理由も無くお休みしていたのち、理由もなく再開します。いや、理由はままありますね。かわりばえなく、とどこおりつつ、またどうぞよろしく。


 4月(新暦)の不思議な低空飛行の空模様が、このところぐんと高度を上げたように晴れ間が続く。卯月(旧暦)から皐月にかけてのこの陽気は、晴れ間には目が眩むほどの直射日光が注ぎ、ふと雲間に入ると涼気の良い風が顔を冷ましてくれ、夏を前にしたもってこいの予行演習となる。

 いつのまにか、朝5時前には空が明るく、夜7時が聞こえるまで夕暮れが伸びるようになった。その長い昼を待ちかねたように、世界の森、林、畑、田んぼの主たちが、わんわんと響くような勢いで、葉を、枝を、根を広げて伸ばしている。ぐっとおとなしくしていた4月の作物たちも、ようやく目が覚めたように発芽、成長の舞台に上がり始めた。

 一昨年はスズメ、昨年はモグラに悩まされた稲の苗代。今年は思い切って水苗代に変更してみていた。そうしたところに4月の多雨。今年は水没と低温で発芽状況に影響を受けた。それでも先週までに播きなおしをやり終えて、この陽気を背に受ける発芽の様子はどうやら好調のようである。にょきと天を突く稲の芽は、幾度見ても、頼もしく、心地良く、小気味良い。

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 色々と、先行き不安気味だった畑も、徐々に回復傾向に向かいつつある。ジャガも、枝豆も、スナップエンドウも、あれも、これも、どんどんいってくれ。
 

 鈴成りのエンドウに実が入りました。今年も雑草屋本舗にて、注文販売承ります。

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2010年04月14日

おやすみ

弥生一日 晴れ

 ジャガイモの芽がようやく土を持ち上げて黒々と太陽の光を受け始め、春播きした各種の野菜たちが発芽を揃えて並び始め、お米の苗代も慌ただしく準備し始め、明日が昨日になるような毎日の自然農作業に追われている。合わせて、週に二回ほどの大工木工仕事のお手伝い。昨年夏から我が家に同居するヤギの粟子の毎日の草食み散歩(雨は休み)。いよいよ心技体をフル回転させての充足の日々へ進みたい、そんな弥生の月初め。

 これからさらに、という気の充実とは裏腹の、畑への不安感。この2年間の浮き沈みを憂慮し、それでも兆しをみせる自然農三年目の土の蠢きを半ば切望し、炭素循環農法をヒントに手を加えた区画にもトライし、なお一層、自然農の深みへズブリと足を踏み入れる。まだまだまだ、知ってること以上の知らないこと、進む道は前にあるのにどうにもこうにも迷うこと、確かなものを信じきった上での不確かなこと、三度目を迎えているこの玉取の畑に立ってなお一層、そいつらが現われてくる。
 
 気付くこと、見ること、嬉しさ、もどかしさ、それらは自然農に向き合って7年経ち、そしてBlogを始めて6年経つ今も変わらない。初めての驚きが降り積もっていつもの風景になったとしても、初めての戸惑いが積み重なって不感症のようになったとしても、それでも田畑に腰を下ろして目の前の自然に向き合うと、説明のつかない生命感のようなものを感じて何かをもらってしまう。たとえ育たなくとも、たとえ延々と続く作業に嫌気がさそうとも、たとえ毎年の繰り返しであろうとも。

 その渦の心地良さは毎日、自分のど真ん中に届いているはずなのだが、それをいざ帰宅して写真をダウンロードしてPCの前に座ると、ここ最近特に春の作業が目白押しになるにつれて、何も書くことができなくなってしまった。何も、出てこない。感じてはいたとしても。ただの忙しさと惰性に耐えられなくなっただけだったとしても。


 うだうだと書きましたが、そんなわけでしばらく、「毎日が自然農」はお休みすることにします。だって書けないんだもの。毎日自然農は続けておりますが、特に決め事もなく続けてきましたので、決め事もなくしばらくお休みします。よっしゃ。言ってすっきりした。

 自然農の畑で野菜が光り輝くように育ち、食べてもらいたくて仕方ないほど収穫できたら直売小屋でも作り、自然農野菜の食事でもしながら自然農の話や人間と自然の話などをできる場所ができ、みんなが自然農の楽しさと真髄に触れて喜んで帰っていくような一日を届けられるようなそんな日を目指して。これまでもそうだったけど、これからもさらに。無理なく、不合理なく、質素且つアグレッシブに。

 インチキ百姓の自然農の毎日は続きます。そのうちまた、Blogは適当に再開します。半年後か、一年後か、もしくは、明日か。それまでは農園で、もしくはつくいちで、もしくは飲み会で。ではおやすみなさい。


 
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 めー
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2010年03月30日

オミゴト

如月十五日 晴れ

 真冬の寒さがここ数日のさばっており、手が悴んで作業が進まない。朝のバケツには氷が張り、日陰の畑には霜柱がそそり立つ。日がさせば陽気は間違いないが、少しでも雲の下に入れば驚くほどの寒気が肌をさす。これは参りますね。

 4月に入れば冬の残りも溶けきることを期待しているが、春本番のフルシーズンを前に迎えて、先日の週末には農園で臨時集合日を設けて田んぼの畦道修復を行った。詳細は後日農園Blogでお届けしたいが、出席者皆の素晴らしい腕力脚力ど根性で、玉取の田んぼ三年目にして見事な畦道が完成した。昨年の崩れかけた畦道をベースに、開墾箇所の土を掘り上げ、運び、スコップと鍬で形を整え、丁寧かつ効率的に40mほどの大工事。出来上がりの威容に、城壁もかくのごとしと声も上がる。オミゴトです。

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 一人ではよもややる気も起こらぬ土木作業も、十人集まれば半日の出来事。当たり前のように毎年、農園の方達と共同作業として進めていることが実はとても有り難いことであり、そして奇特なことにプレーヤーの方にも楽しんでいただけていることが、本当に嬉しい限り。これから種籾の播種が始まれば振り返る暇もなくなる田んぼの、こうした準備仕事を、束の間の冬のぶり返しの中で感謝する。今年もまた、良い田んぼでありますように。お天道様も竜神様も、程よく恵みをくださいますように。どうかどうか。
posted by 学 at 23:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 田の記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月21日

大盛り

如月六日 【春分】 雨のち晴れ時々曇り

 所用で、筑波山の反対側、笠間の山の中へ。朝方の雨だか風だかよくわからない曇天が、気がつけば青空と曇り空の下に漂う、黄白けたチョークの粉が舞うような景色。シナ大陸からの黄砂(黄塵と言ってもよいでしょう)なのか、杉の花粉なのかはあえて問いませんが、どうやら今日一日は大盛りのスギ花粉を摂取できたようです。不幸中の幸いにて、杉ではなく檜の木立に囲まれた半屋内での一日ではありましたが、午後遅くには、頭も朦朧としてきてちょっとしたダウン系でも吸いましたよ状態(あくまでも想像です)。普段から吹きさらしの畑で作業している体ではあるものの、どうやら山の中の花粉量は我が身にはオーバーフローのようでございました。

 考えてみれば、黄砂(中身の半分は化学物質のような気が濃厚にしますが)もスギ花粉も、人災といって差し支えないようなもの。詳述はあえてしませんが、砂漠化、植林、公害、無政策、などの諸因が汚泥のように混ざり合って、本来の天災(というか自然現象)が人災へと突然変異して文字通り降り掛かってきているのですな。人類のくそったれ。

 意地でも投薬してないんだけども、諸作業が滞るとなると考え物だわねえ。カテキン山盛り仕様の濃厚緑茶をがぶ飲みして効果ある気分を盛り上げたり、オーガニック無添加タバコ呑んで血流少し控えめにしてみたり、マスクの下にクロレッツ頬張って口の中いっぱいミント漂わせたり、浅はかなナチュラル抵抗にも限度があるもの事実。いやね、生真面目に頑張れば、無数の健康法だの対処法だの耳タコに存じ上げておりますが、そういうのでなくて、耐えられなさそうで耐えられてしまうマゾヒスティックな体調不良を、「頑張って」克服するのもなんだかなのよね。その結果こうやって愚痴と鼻水を無制限に垂れ流しているんだけど。

 金欠とご好意の諸事情によって畑からちょっと離れ、大風と黄色い迷惑物質に一切の情緒を奪われた、今年の春分。あと一ヶ月ほど、「か」と「ふ」と「ん」がつく奴らとの馴れ合いは続きます。

 …ここまで自覚的な駄文もそうそうない。朦朧として、寝ます。


【春分】…日天の中を行て昼夜等分の時也(暦便覧)
     ★雑草屋的季節分布★ 冬:春=4.9:5.1

     この日をはさんで前後七日間が彼岸。
     花冷えや寒の戻りがあるので暖かいと言っても油断は禁物。
     昼夜の長さがほぼ同じ頃であり、この後は昼の時間が長くなって行く。
     ※読み:シュンブン
     <参考:こよみのページ & 【室礼】和のこよみ>  




足元だけは、heavenly spring.
posted by 学 at 22:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 徒然なる日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月12日

セットアップ

睦月廿七日 晴れ


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 ジャガイモの種芋を包丁でカットし、一日から二日ほど陽に当て切り口を乾かす。頃合い良く切り口が乾けば、もういつでも植え時である。カットしてすぐ植えたい場合は、火鉢で燃やした草木灰を、消毒のために切り口につけて植えればよい。
 
 自然農を始めてから、幾つめかの啓蟄(今年は3月6日から)の春。虫に負けじとムズムズしだすのは、やはりこのジャガイモの植え付けをスタートしてからであろう。前年までに幾度も経験していても、種芋は何グラムに切るのだったかを忘れ、植え付けは何センチ間隔だったかを忘れ、植える前日の直前の直前まで畑の作付場所を思案し、ようやく、切り口が乾いて萎みかけた種芋の最初の一個を土に埋める。一個植え、二個植え、十個植えたあたりで、埋め方はこれで良かっただろうかと悩み、十一個めから少し植え方を変えたりもし、二十個あたりからは土との相性もようやく合いだし、スピードは増し、迷いが減り、イモは着実に自然農の畑へ忍び込む。

 ジャガイモは無機質な物質ではなく、どこかで(そのほとんどが道産子たちであるが)たしかに育てられた、その結果の継承である。昨年のその命の成果が、冬を越えて今こうしてついに次のスタートラインに立つ。たまたまの縁で我が家に届き、何の因果か、微生物あふるる、雑草あふるる、自然農の畑に植えられたのだ。また、種芋の外側も決して無機質な土ではない。ジャガイモはただの土の中で養分を吸って成長するというのではなく、土に埋めいれた瞬間にその先住者(微生物、雑草、虫)たちが雑多に棲みかう長屋へ新参者として招かれ、ともに生き、育ち、ジャガイモとして全うしようと共同生活(競争生活かもね)を始めるのだ。今日の昼に植えた百個のイモは、それぞれにその植え箇所の住民たちと顔をあわせ、順応し、この夜を迎えているのだ。・・・と半ばメルヘン、半ば本気にそう思っている。
 
 
 ジャガイモの植え付けが始まれば、休むひまなく、春野菜夏野菜の種播きが一斉に時期を迎え始める。文字通り、今年の農作業の、狼煙が上がる。ここ数日、新しき夜を迎えているのはジャガイモ達だけではない。否が応にも新しきシーズンを迎え、気持ちも、体も、脳内も、全てセットアップして、ジャガイモに負けずに新しい環境、季節へ順応していく。我も。
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2010年02月17日

湯気

睦月四日 曇り

 四日前に旧暦の正月が明けた。大晦日につくし農園の今年度最初の集合日を過ごし、宵からの大雪に暮れて、迎えた旧正月。雪明けの正月、雨、晴れのち粉雪、そして曇り。足元には、ひくひくと産毛のような薄緑色の雑草が行きつ戻りつ生えだした。この頃に田畑に立つと、「新春」の本当の時期をありありと実感させられる。

 子供の頃から雪の少ない南東北の太平洋岸で育ったせいか雪への恋慕は強いのだが、今年の2月(新暦)はここ数年に比べて、ちらほらと降雪する日が多いような気がする。1月よりも、ぐっと寒さの深みを増す2月は、湿気の冬でもある。乾ききった寒さに土が凍るような前月に比べて、雨とみぞれと雪が時折思い出したかのように地面を濡らし、その湿気から立ち上る湯気の中で、春の息吹がそろそろと起き上がろうと準備を始める。

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 自然農の田畑は、あくまでも、優しい。今の我が農地が思うようには豊かさが増さぬとはいえ、その優しさは、暖かい。放っておいても荒れ狂うばかりに草に覆われる夏ではなく、枯れきって霜と霜柱に攻め立てられる1月の寒さでもなく、この湯気の中で草と虫と微生物とがモゾモゾし始める直前の、この時期のしっとり凍えた自然農の畑に、その優しさが際立つ。機械で耕して、肥料を鋤きこんで、薬を散布して、今から人間様の思うとおりに育てるぞ、という意気込みから少し距離を置いた、この優しさに、自分はやはり魅かれているのだと思う。

 そうした距離の狭間で、枯葉を入れたり、土着のキノコ菌を被せたり、米糠を補ったり、と有限の改善策を試行錯誤して、自然農オンリーの畑と改善策の畑、両方の準備を這いつくばって進めている。あと二日も過ぎれば二十四節句は雨水へ。雨水を迎えれば、春の作付がいよいよそろそろ。 バンクーバー?チャンピオンズリーグ?どうすんの俺??
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2010年02月04日

立つ

師走廿一日 【立春】 雪のち晴れ

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 数日前の大雪の予報が、期待ほどに盛り上がらず、もう降りやしまいとすっかり腑抜けていた今日の朝、しきりに冷える窓を開けると柔い粉雪が庭に積もっていた。別段に鬼の面もかぶらず、黙って西南西も向きもしない節分の夜を過ごして、いよいよの立春。

 なにはともあれと言うべきか、待ちに待ったと言うべきか、重い腰に鞭打ってと言うべきか。何につけても理由を欲したがる小生の怠け心を無理やりにでも奮い立たせるべく、「春立つ」の音の響きにあやかって、今年の農作業が、とりわけ特別なこともなく、梅の蕾の静けさのごとく、自分の心の中で幕開けした。作業の中身に、前日との差はなくとも、心が、ようやく前を向き始めた。

 どうでもいいようなこのスイッチを、誰からでもなく、自分で入れられたことが大きいのだと。積もり積もる下の、2月3月の冬の野良仕事が、このスイッチオンによってベルトコンベアのごとく回転をはじめる。あれをやり、これをやり、これもして、あれもして、眩暈と恍惚の自然農トランスへ。そんな桃源郷があればいいのだがね。現実は、行きつ戻りつの振り子の中なのであろうが、今年はもう少し没入したい意気地を持っていきたい。感性360度に張り倒して、頭は緩急つけて、肉体は喜びに変わるぐらい酷使して。今日くらいは鼻息荒く。いざ。
posted by 学 at 23:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 暦の調べ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする